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おおた オリンピック・パラリンピックメモリー 第1号(1964年聖火ランナー1)

更新日:2014年6月16日

50年前に、大田区内で走った聖火ランナー

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大田区での聖火リレー(1964年)

今年は、1964年東京オリンピック50周年の年です。
1964年東京オリンピックの聖火ランナーは大田区内を走りました。ギリシャのオリンピアで採火された聖火は、アジア各国を回り沖縄に到着。鹿児島、宮崎、北海道が聖火リレーの3起点となりました。国内における聖火リレーは4つのコースで全都道府県を回りました。
大田区では、昭和39年(1964年)1月頃に、当時の橋爪儀八郎区長を中心に聖火リレー隊を組織するための協議を開始。7月以降、数回の合同練習を重ね、実際のコースを試走するなどして、万全の態勢を整えました。
宮崎から四国、中国、近畿、東海の各府県を経て繋がれた聖火は、10月8日、神奈川県から、六郷橋において大田区の第1区走者にバトンタッチされ、大森海岸駅前までの3区間をリレーでつなぎました。
当時、大田区職員として携わった多田三千穂さんは「スタート地点への移動の車中で、ランナーの方々も、自分も大変緊張していて会話もほとんどしなかったことを記憶している。聖火ランナーが走りだした時は大役を果たせたという思いがした。」と振り返りました。
1964年に日本を縦断した聖火リレーの興奮が、56年の時を超えて再び、東京に戻ってきます。
東京都オリンピック・パラリンピック準備局は、今年の10月10日、11日に「東京オリンピック50周年記念事業」を開催する予定です。大田区でも東京都と連携して取組みを検討しています。

画像:聖火ランナーがつけていたゼッケン(1964年)
1964年の東京オリンピックで使用されたゼッケン

画像:実際に使用されたトーチ(1964年)
1964年の東京オリンピックで使用されたトーチ

情報をお寄せください

大田区では、2020年の大会開催まで、このホームページでオリンピック・パラリンピックの魅力を発信していきます。
今までオリンピック・パラリンピックに関わってきた方(選手、大会関係者、聖火ランナーetc)、当時の情報をお寄せください。ご了解いただける場合は、ホームページ上に掲載させていただきます。
下記問合せ先までお願いいたします。

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