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オリンピック バスケットボール女子 間宮佑圭選手

更新日:2016年11月1日

オリンピックバスケットボール女子間宮佑圭選手

出発前、大田区を訪問し、「今日も大田区の人達が背中を押してくれた。胸を張ってブラジルで頑張りたい」と語ってくださったバスケットボール女子の間宮選手。
9月某日、柏にあるJX-ENEOSサンフラワーズのひまわり寮を訪ねました。ラフプレーにあっても動じないコート上でのクールな姿と、対面したときの明るい笑顔と軽やかな語り口のギャップが印象的な間宮選手に、リオでの様子や現在の心境などについて、お話を伺いました。
 

間宮選手の活躍は、おおた区報平成28年11月1日号でもご紹介しています。

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。おおた区報平成28年11月1日号

リオ2016大会では

初戦、日本の初得点は間宮選手!

パブリックビューイング写真
ライフコミュニティ西馬込でのパブリックビューイング

日本を出発する前は治安のことなど緊張感がありましたが、現地に入ってみたら、「早く試合がしたい!」と楽しみになりました。
試合前の緊張は、昨年のオリンピック出場権を懸けた試合の方が、ずっと強かったです。オリンピックの舞台は緊張せず楽しめました。
初戦のベラルーシ戦では初得点を決めました。それはもうパブリックビューイングを意識しました(笑)。地元馬込で応援してくださっている方々のことを思って、これは決めないと、と。

20年ぶりの決勝トーナメント出場

聞くと他の選手も同じように言いますが、試合の内容はほとんど覚えていないんです。試合が終わったらすぐ次にマッチアップする相手(自分がマークする相手)のデータを見るなど、次の試合の準備に入ります。他の大会では試合の後に反省してから次、という感じですが、今回はヘッドダウン(下を向く)する暇もなく次の試合、次の試合、という感じでした。

間宮選手 写真
JX-ENEOSサンフラワーズのひまわり寮で

オリンピック中、試合を通して強くなっている実感がありました。2年前の世界選手権では後手後手にまわり1勝もできなかったけれど、この数年で世界とわたりあえるようになってきています。日本は、身長で不利になることが多いので、練習試合を重ねて対戦相手を分析し、細かい戦術を立てることでカバーしています。
決勝トーナメントでのアメリカとの対戦では、純粋に楽しくバスケットボールができました。もう少し後(準決勝以降)に当たることができたらもっとよかったですが、最強の相手であるアメリカと、オリンピックの舞台で対戦できて、ほんとうに楽しかったです。
帰国後、この体育館に帰って来た時はお祭り騒ぎでしたね。上が寮になっているので、窓から後輩が乗り出してにぎやかでした。

現地で感じたオリンピックの魅力

オリンピックは、世界大会の中で一番華やかな大会だと思います。今まで積み重ねてきたもののご褒美だと思いました。
現地では、他の競技の人がいることがオリンピックならではだなと感じました。他のバスケットボールの大会では、そういうことはありません。
日本選手団は選手村で同じマンションに住み、テレビでさまざまな競技が見られます。他の競技の選手やメダリストから刺激を受けて、毎日がスポーツ漬けでした。他の競技を会場で直接応援することはできませんでしたが、バスケットボールの試合はたくさん観に行きましたよ。

もくもくと、気づいたらここまで来ていた

母校、梅田小学校で語ったこと

間宮選手 大田区表敬訪問時の写真
大田区役所に表敬訪問してくださいました

リオへ発つ前の7月に、梅田小学校の子どもたちに会いに行きました。
そのとき、「今、大きな夢がなかったとしても、いろんなことにチャレンジしてほしい。後で夢が見つかったときに、そのチャレンジが絶対につながってくるから」ということを話しました。
実は、私が小学生の時、大きな夢はなかったんです。オリンピックに出たいとも、日本のトップリーグでプレーするようなバスケットボール選手になりたいとも、その時は思っていませんでした。

もくもくと、気づいたらここまで来ていた

周りの方々の支えがあってここまで続けてこられました。自分の内面のことで言うと、私は熱いタイプではないんです。もくもくと、というタイプ。やめたいやめたいと言いながら、気づいたらここまで来ていた、というのが実感です。
梅田小学校のミニバスケットボールクラブに姉が先に入っていて、平和島ユースセンターの練習に母と一緒についていったのがきっかけです。小学校2年生の時でした。
ずっと同級生より背が高かったので、ポジションは始めた時から変わっていません。ミニバスはとても楽しかったです。

それが、中学に入ったら「勝たなきゃいけない」バスケットボールになった。また、中学3年生の時にはキャプテンに指名されました。自分では向いているともなりたいとも考えていなかったのですが、コーチが見出してくれました。
高校でもキャプテンとなり、次第に周りを見られるようになりましたが、熱く引っ張るタイプではありません。私生活を含めてコミュニケーションを自然にとることでみんなを引っ張るキャプテンだったと思います。
高校を卒業するときに、大学に行くかも悩みました。選手を続けられる年数には限りがあるので、引退してからのことが不安でした。そのことは会社を選ぶときに顧問の先生にも相談しましたね。

オリンピックを意識したロンドン2012大会

オリンピックを意識したのは、ロンドン2012大会の予選のときです。世界最終予選(OQT)に出た時に、最後の最後で負けた。その試合に勝っていればオリンピックに出られた、というところで負けたんです。
その時に、これ以上ないくらいに落ち込みました。そこへ東京2020大会が決まり、オリンピックというものを強く意識するようになりました。そして同時に、リオ大会に出たい、と強く思いました。

バスケットボールの楽しさ、そして今後

バスケットボールを通じてできた「仲間」

間宮選手 写真
バスケットボールを通じて仲間が増えた、と語る間宮選手

(バスケットボールの楽しさとは?という質問に)…うーん、やってるときは「楽しい」とは違うかもしれません(笑)。私にとっては仕事ですから、国内リーグは「勝たなきゃ」というプレッシャーがあります。試合に勝ったとき、優勝したとき、オリンピック出場を決めたとき、オリンピックのコートの上…、時間にすれば本当にちょっとですが、そういう瞬間が楽しくて、ここまで続けています。

バスケットボールをしていてよかったと思うことは、仲間が増えたこと。友達は、食事に行ったり自分をさらけ出せる大切な存在ですが、仲間は友達とはまた別です。ジュニアからずっと一緒にやってきて、切磋琢磨してきました。お互い苦しいときがあったことも知っていて、気持ちを理解できるし、理解してくれる相手です。

今は、目の前の10連覇に集中したい

ロンドンからの4年とリオからの4年は違うと思っています。それくらい、本当にリオに懸けていたんです。東京のイメージが今はつかないですね。
今は、自分の所属するチームJX-ENEOSサンフラワーズの10連覇を成し遂げたい。8連覇中なので、今年と来年を勝てば10連覇です。まずは10連覇。それをやっていくうちに東京が見えるのであれば、その時に考えたいと思います。ただ、国内でやっていくうえでも常に世界は意識していきたいですね。 

間宮選手 表敬訪問の写真
大田区キャラクターはねぴょんと。区長の手には間宮さんから頂いたサインボールが。


 

 

間宮 佑圭(まみや ゆか)

1990年生まれ、梅田小学校卒業。
リオデジャネイロオリンピック バスケットボール女子日本代表。20年ぶりの決勝トーナメント進出、準々決勝で優勝国アメリカに敗退。8位入賞。
JX-ENEOSサンフラワーズに所属。#21。コートネームはメイ。「明るい笑顔をたやさない」ことから。

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