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地域力・国際都市 おおた


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池上特別出張所

わがまち池上第112号(平成30年12月15日発行)

更新日:2018年12月17日

今回は下記の内容を掲載しています。
・池上の昔を語る(15)〜鈴木 弘子さんに聞く〜(中央六丁目在住)
・太田神社の石碑と貴船坂の由来
・地域力推進池上地区委員会施設見学会
・青少対だより
・お会式川柳  池上小学校5年生
・俳壇
・編集後記

池上の昔を語る(15)〜鈴木 弘子さんに聞く〜(中央六丁目在住)

 鈴木弘子さんは昭和8年(1933年)目黒で生まれましたが、すぐ下の妹さんが生まれた時、生母の実家の鈴木家で弘子さんを預かろうということになり、1歳の時に鈴木家に来ました。ですから、苗字は母の嫁ぎ先の佐原のままでした。子供の頃、「もらいっ子」とよく言われましたが、おば(義母)はとても可愛がってくれました。 
 この家は明治20年頃に建てられたもので、築130年程になります。当時は茅葺屋根でしたが、火事の心配もあり、昭和38年ごろ瓦屋根に替えられました。がっしりした柱に太い梁が渡され、古民家の趣が残されています。弘子さんは23歳の時にこの家で結婚式を挙げました。
 また、この家は水との関わりが色々ありました。庭には池があり、井戸も二か所にあって、近所で水が出なくなったりすると、水を貰いに来たり、通りががりの人が「水を御馳走してください」と訪ねて来たりしていました。 
 家の南側を六郷用水の北堀が流れており、用水の洗い場で小松菜を洗ったりしていました。家の門前を通る道路の向かい側に本門寺の弁天池からのドブ川が流れ、家の南西角でこの六郷用水に流れ込んでいました。この六郷用水も、昭和36年頃コンクリートの土管を埋めて暗渠化されてしまいました。
 近所の思い出としては、フランキー堺さんが家のすぐ裏に住んでいました。私より4歳位年上だったと思います。
 私の家は農家で、父が畑仕事をしている時はおやつを持っていきましたが、現在その畑は中央五丁目公園になっています。
 戦時中の思い出も色々あります。空襲の時は、仏様をくるんで防空壕に持って行きました。改正道路(今の池上通り)の北側の家が強制立退きで軒並み壊された時は悲しかったです。 六年生の時に学童疎開に行きましたが、半年位で帰って来ました。 
 その後、大森高等家政女学校(今の雪谷高校)に入りましたが、池上線に乗って通う時、空襲で国道に架かる鉄橋の上で止まってしまい、電車から降ろされて、鉄橋の上を這うように渡って駅まで戻った思い出があります。
 女学校に入る際、戦時中の慌ただしい時期で入学試験がありませんでしたので、先生から「試験なしで入って来たからバカばかり」とよく言われましたが、私たちは「頼んで試験なしになったんじゃないもんね」と言い合っていました。
 終戦後、進駐軍が来ると、改正道路をジープで飛ばすので、駅まで歩く時は、必ず歩道を歩きました。
 鈴木家の雛人形は立派なもので、松原大田区長も見に来られたそうです。
 雛壇の台材が部屋に置かれていましたが、最上段までの高さが大人の背丈近くもあり、内裏雛は、弘子さんの母の代、弘子さんの代、娘さんの代の計三代が並ぶとのことで、飾られた時の絢爛さが目に浮かびます。

太田神社の石碑と貴船坂の由来

 池上通り税務署前を大森方面に向かい二つ目の信号左側の道は、市野倉の産土(うぶすな)の神「太田神社」の参道で、真っ直ぐに鳥居まで続いています。社殿が鎮座するこんもりとした丘は、大森山王貝塚辺りまで断続的に続く多摩丘陵の東端で、国道本門寺入口から貴船坂上を経て、桜並木の南馬込へ至る稜線が隔てる桐里梅田付近は起伏にとみ、かつては田園風景が広がる農村地帯でした。その長閑さを好んで尾崎士郎が先導し大正から昭和にかけ多くの文人墨客が集い、やがて文士村と呼ばれるようになりました。
 さて、太田神社への真っ直ぐな道を進み鳥居を潜ると、拝殿に上る石段脇に大きな石碑が建っています。地元の方は周知のことですが、神社の由緒来歴などが記されているのかと思って読んでみると、源平盛衰記に登場する弓の名手「那須與一宗高公」の守本尊とされる「八幡大菩薩像」が当神社にもたらされた経緯が事細かに解説されています。
 明治新政府による神仏分離令が発令される以前までは、隣接する長勝寺が別当を務め、当住職が「正八幡宮」改め太田神社の神職を兼務していた旨も記されています。歴史に興味のある方はお正月に初詣を兼ねて一度訪れてはいかがでしょうか。また、貴船坂の坂名の由来とも思われる「貴船大明神画像」は、本門寺の鬼門除けとして弁天池近くの東之院に安置されていましたが、長勝寺を経て、現在では太田神社に所蔵されているようです。神社史によると、明治以降に近隣の貴船神社・竈神社と稲荷神社を合祀したとも記されていて、坂の命名時期は不明ですが、起源は周辺の神社と関係があるようです。

 地域力推進池上地区委員会施設見学会

 10月19日(金曜日)バスで池上を出発し、道の駅「水郷さわら」に着きました。隣接の防災教育展示室で、過去の水害の記録や利根川の特徴、川の近くではどのようなことに気を付ければいいのか等、いざという時に慌てないヒントを学ぶとともに、採れたて野菜を手に入れました。その後佐原の蔵元・東薫酒造を見学して、潮来で昼食。 
 午後は成田空港近くの航空科学博物館と、空港建設で問題となった三里塚闘争の「成田空港・空と大地の歴史館」を見学し、見聞を広めた有意義な一日でした。

−青少対だより−

第17回池上スポーツまつり

 10月14日(日曜日)に蓮沼中学校体育館で池上スポーツまつりが開催されました。 
 11の自治会・町会が参加し、3種目で競いました。小学校も3校の生徒たちが例年通りの栗拾い、綱引き、大縄跳びで熱い戦いを繰り広げました。最後は全員参加のパン食い競争で楽しい時間を過ごしました。

平成30年度地域ふれあいコンサート

 平成30年度地域ふれあいコンサートが、11月3日(土曜日・祝日)13時より池上会館2階集会室で行われました。
 出演は池上地域の小・中・高等学校、保育園、福祉施設、アマチュア団体などの皆さんでした。 
 池上福祉園の演目はダンスミュージックで、美しい映像や音楽と共に、素敵なダンスを披露してくれたのが印象的でした。最後はチーム大田吹奏楽団の皆さんの伴奏で、会場の皆さんと一緒に、今年亡くなられた西城秀樹さんを偲んで「ヤングマン」を踊りながら歌いました。

お会式川柳  池上小学校5年生

お会式で 友達と飲んだ あのラムネ  竹田 光希

池上の みんなの祭り いい祭り  鎌田 俐緒

お会式だ 屋台がいっぱい おおさわぎ  小林 賢生

お会式は たいこなったら まといふる  野口 魁星

たいこドドン ドドンドンドン なりひびく  鈴木 涼太

友達や 家族が笑う お会式は  丹羽 遙

まんどたち たくさんいるが どこへゆく  木内 陽太

本門寺 音と光で あふれてる  原田 凌

町中に たいこの音が 鳴り響く  前川 和

お会式だ いつもの町が 大変身  早川 咲

お会式で 街は活気 あふれてる  冨田 実沙

今年もね 祭りのきせつが やってきた  馬場 裕也

お会式は みんな笑顔に なれるんだ C川 真悠

お会式で 楽しい屋台 ならんでる  浦部 芽衣

始まりは 池上駅だ お会式は  安部 隼翔

三日間 池上ひかり きれいだな  \ 翔大

お会式は 歴史と共に 歩みゆく  柳澤 友歩

お会式は みんなで歴史を 感じよう  大平 瑠唯

お会式は いつも笑顔が いっぱいだ  堀江 志衣理

池上の 夜をいろどる お会式だ  間々田 大暉

俳壇

池上清寿会 

籾山 悦子
客を待つ それらしき品 後の月

尾関 裕子
秋風や 弟曾孫 送り人

松井 恵子
神無月 今年はどこに あつまりて

本間千恵子
古里が 急に膨らむ 盆おどり

赤蜻蛉 長尾元紀
ゴーヤあり カマキリありて 十三夜

利坊 宮嶋利明
万灯を おみなの纏が 露払い

編集後記

 もう十二月です。本当に一年経つのが早いな、と嘆いていたら、こんな言葉を目にしました。
 「一年は短くなどありません。与えられた時間の大半を私達が無駄づかいしているに過ぎないのです。」 
 反省しきりです。来年は久しぶりに一年の計画を立ててみようかなと思っています。

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お問い合わせ

池上特別出張所

大田区池上一丁目29番6号
電話:03-3752-3441
FAX :03-3752-4759
メールによるお問い合わせ

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