おおたプライド事業「大田区学」

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更新日:2023年1月11日

「大田区学」って?

身近にありながら気づかなかった、大田区の歴史・文化・名所・伝統・食といった幅広い分野に存在する奥深さを、YouTubeやクイズで楽しく学ぶことができます。

大田区学ロゴ

日本工学院専門学校にご協力いただき、「大田区学ロゴ」が完成しました。
選考の結果、デザインカレッジデザイン課2年生の中村汐里さんのデザインが
最優秀賞に選ばれました。
「大田区をめぐって楽しく詳しく、区について知ろう!」という思いが
込められた素敵なデザインです。
このロゴを活用し、大田区学をより広く発信していきます。

大田区学クイズ【大田区報】

令和5年1月11・21日号区報の答え「ウメ」

梅は大田区にとって歴史的由緒も深く、昭和51(1976)年に区の花に制定されました。特に蒲田は「梅の木村」と称されるほど梅の名所として知られ、花の盛りの時期には江戸からの見物客も多くあったといわれています。その一角に整備された「蒲田梅屋敷」は将軍や天皇も訪れた場所として20世紀の初頭まで賑わいを保ち続け、近代的な都市化の中で「聖蹟蒲田梅屋敷公園」に変じて今に至っています。また池上本門寺の西に位置し、丘陵斜面等を利用した閑静な庭園「池上梅園」には350本以上の梅が植えられていて、春の訪れとともに毎年多くの人々の五感を楽しませています。

池上梅園

令和4年12月1日号区報の答え「勝海舟」

慶応4(1868)年4月8日、江戸幕府の第15代将軍だった徳川慶喜から京都新政府軍との江戸開城に関する交渉を命じられ、翌日と翌々日に新政府軍の本陣とされた池上本門寺に向かいました。道中、洗足池畔で難を避け、交渉は無事成功。4月11日に「江戸無血開城」が果たされます。それから二十数年後に海舟は洗足池を再訪し、別荘「洗足軒」を構えました。

令和4年11月1日号区報の答え「大森貝塚」

モース博士は、明治10(1877年)に来日し、横浜から東京へ向かう汽車の窓から貝層を発見しました。その後の発掘調査や論文発表から大森貝塚は日本考古学の発祥の地とされており、記念石碑は大田区と品川区の2箇所で見ることができます。

令和4年10月1日号区報の答え「お会式(えしき)」

毎年10月12日の午後6時から行われる「万灯練供養(まんどうねりくよう)」では、桜の花で飾られた行灯(あんどん)の棹(さお)を持った人々と、纏(まとい)と呼ばれる江戸時代の消防士を伴った巨大な山車(だし)が笛太鼓に合わせて練り歩きます。

令和4年9月1日号区報の答え「モヤイ像」

友好の絆を記念し新島村から商店街(蒲田駅東口商店街商業協同組合)へ2体寄贈されました。現在その内の1体は青森県深浦町にあります。古くから新島では「共同して仕事に当る」ことを「モヤイ」と呼んでいます。

令和4年8月1日号区報の答え「宝萊山(ほうらいさん)古墳」

多摩川流域最古級の前方後円墳で、荏原(台)古墳群の初期の首長墓と考えられます。今年の4月に東京都指定史跡70周年を迎えました。多摩川台公園には宝萊山古墳以外に9つの古墳があり、展示室もあります。

令和4年7月1日号区報の答え「水止舞(みずどめのまい)」

古くから水害に悩まされたことから伝わる、雨を止める祈りの行事。地面に転がされて水を浴びながらもほら貝を吹く姿や物語調に進む獅子舞が有名で、東京都無形民俗文化財でもあります。

令和4年6月1日号区報の答え「あげパン」

大田区立嶺町小学校の調理員さんが昭和27(1952)年の冬頃に考え出したと言われおり、大田区発祥とされています。

令和4年5月1日号区報の答え「大森と蒲田の1文字ずつをとって名付けた」

昭和22(1947)年3月、大森区と蒲田区が合併して大田区が誕生しました。「大田」の名称は、大森と蒲田の1文字ずつをとって名付けられました。

令和4年4月1日号区報の答え「桜坂」

東急多摩川線沼部駅から東光院前を通り北東へ向かうと、
田園調布本町から石垣にはさまれた旧中原街道の切通しの坂道があり、
この切通しに桜が植えられ「桜坂」と命名されました。
福山雅治さんのヒットソングにより一躍有名になり、
桜の季節には多くの人が訪れます。

大田区学ミニミニ講座

大田区公式Youtubeで大田区の歴史・文化・名所・伝統・食などの魅力をわかりやすく紹介します。

大田区公式PRキャラクター「はねぴょん」と一緒に大田区の古墳について紹介します。

あげパンが大田区発祥の理由を紹介します。

東京23区の区役所で唯一の「国際交流員」などについて紹介します。

大田区公式PRキャラクター「はねぴょん」とともに「大田清掃工場」について紹介します。

大森麦わら細工から麦わら帽子に発展し、麦わら帽子作りが雑色から全国に広がっていった歴史を紹介します。

馬込のまちにその名が残る「三本松」の由来を、川瀬巴水の有名な版画とともに紹介します。

大田区がどうして“太田”ではなく“大田”なのか?を紹介します。

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