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おおた区報WEB版 平成30年8月1日号 [特集]

更新日:2018年8月1日

特集

はねぴょん(c)大田区今年は江戸無血開城150周年、旧清明文庫竣工90年

〜(仮称)勝海舟記念館開館まであと1年〜

おおたと勝海舟

おおたと勝海舟

 海舟は、海軍操練所の設立や江戸無血開城など、近代国家樹立へ尽力し、激動の幕末から明治にかけ日本のために奮迅(ふんじん)した幕臣といわれています。晩年には洗足池のほとりの別荘で旧幕臣らと交流するなど、区と多くのゆかりがあります。区では国登録有形文化財である旧清明文庫を改修し、来年夏、日本初となる勝海舟の記念館を開館する予定です。今回は開館に先駆け、海舟の人物像や区とのゆかりをご紹介します。

 

※弘化元(1844)年「江戸近郊図」を見やすく加工したもの。当時の地名などはそのまま記載しています。

海舟エピソード 1◆海舟エピソード 1
 海舟は、幼い頃から親類の剣術道場で厳しい修行に励み、直心影流剣術(じきしんかげりゅうけんじゅつ)の免許皆伝を受けました。また一方で柔術(剛術)や禅の修行にも励んでいたそうです。

海舟エピソード 2◆海舟エピソード 2
 海舟の実家は、貧しい旗本の家でした。蘭学を学んでいた海舟は、当時高価で容易に入手できなかった蘭日辞書「ヅーフハルマ」を借り、1年がかりで2部筆写し、1部を自分用に、もう1部は売却し生活費にもしたそうです。貧しいながらも勉学に突き進む努力家な一面が伺えます。

海舟エピソード 3◆海舟エピソード 3
 父親の小吉は、けんかと家出を繰り返したオヤジだったそうですが、海舟が犬にかまれ重傷を負った際、懸命に看病するなど情愛に溢(あふ)れた人物でもありました。

海舟エピソード 4◆海舟エピソード 4
 咸臨丸(かいりんまる)は幕府がオランダから購入し、初めて太平洋を横断した蒸気機関を備えた軍艦です。海舟を艦長として米国に出航し、同船には福沢諭吉やジョン万次郎らも搭乗していました。海舟らは荒天による船酔いで大変だったようですが、米国で大歓迎を受けました。

◆海舟エピソード 5
 海舟は江戸城開城後も徳川慶喜や旧幕臣らとの交流や救済を続け、西南戦争で死去した「亡友」西郷隆盛の鎮魂や、その遺児の援助などにも尽力しています。また、静岡の茶畑開墾や、上越のワイン製造に関係する逸話もあり、海舟はその情の厚さと面倒見の良さで周囲の人々から終生慕われていたようです。

海舟の名言・処世の秘訣は誠の一字だ(「氷川清話」より)/海舟の和歌・池のもに月影清き今宵しもうき世の塵の跡だにもなし(洗足軒で詠んだといわれる歌)

お互いを賞賛していた勝海舟と西郷隆盛

西郷隆盛 国立国会図書館ウェブサイトより 西郷隆盛と海舟は元治元(1864)年、当時の大坂で初めて出会い、西郷は海舟について「実に驚いた人物で、どれだけ知略があるのか底知れない英雄肌の人物」、また海舟は「恐ろしい人物、天下の大事を担うのは西郷ではないか」と評しています。約4年後、両者が話し合い、江戸無血開城が成し遂げられました。明治10(1877)年の西郷没後も海舟は西郷を偲(しの)び、その名誉回復に努めました。

徳富蘇峰詩碑(洗足池公園内) 海舟を慕う人々が建てた石碑海舟と西郷の偉業を称え両雄を偲ぶ内容が刻まれています

勝海舟夫妻の墓(洗足池公園内)

 勝海舟と民子夫人の墓所(向かって右が海舟、左が民子)。海舟は、生前より当地に葬られることを希望し、墓の図案も残していました。妻民子は当初、青山墓地に葬られましたが後に合葬され、現在は夫婦の五輪塔の墓石が並んで立っています。

勝海舟夫妻の墓(洗足池公園内)

勝海舟ってどんな人?

咸臨丸(かいりんまる)で渡米後、海防の強化に尽力江戸無血開城を成功させる

 勝海舟は1823年、江戸の武士(旗本)の家に生まれ、若い頃から剣術や蘭学に励み、長崎では最新の学問や航海術などを学びました。1860年には蒸気軍艦咸臨丸で米国に渡り、帰国後神戸に海軍の学校設立に尽力。近代国家へ向けた国内の礎作りや海軍の発展などに貢献します。その後、戊辰(ぼしん)戦争が始まり、勝海舟は敵方の西郷隆盛と交渉。戦わずに江戸城開城に成功し江戸の町を戦火から守りました。
 明治維新後は参議、海軍卿(かいぐんきょう)、枢密顧問官(すうみつこもんかん)を歴任し、伯爵(はくしゃく)となりました。また、政治だけでなく、和歌や漢詩など文芸にも秀でた偉人です。

勝海舟の生涯

(通称)麟太郎(りんたろう)、安房守(あわのかみ)/(実名)義邦(よしくに)、安芳(やすよし)/(号)海舟

文政6(1823)年 1歳 本所亀沢町(現・墨田区)で生まれる。
文政12(1829)年 7歳 将軍家斉(いえなり)の孫・初之丞(はつのじょう)のお付きとなる。
天保9(1838)年 16歳 父・小吉(こきち)隠居のため家督を継ぐ。
天保11(1840)年   ●アヘン戦争始まる。
天保12(1841)年 19歳 剣術の免許皆伝を受ける。
嘉永元(1848)年 26歳 ヅーフハルマ蘭日辞書を二部筆写。
嘉永6(1853)年 31歳 ●ペリー、浦賀に来航。
ペリー来航に伴い幕府へ海防などに関する意見書を出す。
安政2(1855)年 33歳 操船技術を習得するため長崎海軍伝習所に赴任。
万延元(1860)年 38歳 咸臨丸(かんりんまる)で太平洋横断、渡米する。
元治元(1864)年 42歳 海舟の建言で神戸海軍操練所が開設される。
坂本龍馬ら諸藩の学生・志士を教育。
慶応3(1867)年   ●徳川慶喜(よしのぶ)大政奉還。坂本龍馬暗殺される。
明治元(1868)年 46歳 海軍奉行並(ぶぎょうなみ)、ついで陸軍総裁、軍事取扱に就任。
数回にわたり西郷隆盛と交渉する。江戸無血開城。
一線を退いてからも徳川慶喜、旧幕臣らとの交流や救済に奮迅する。
明治10(1877)年   ●西南戦争。西郷隆盛死去。
明治24(1891)年 69歳 洗足軒を構える。
明治32(1899)年 77歳 一月十九日死去。

坂本龍馬(国立国会図書館ウェブサイトより)/晩年の勝海舟(国立国会図書館ウェブサイトより)

海防などに関する意見書(草稿) ペリー来航時の幕府に対する意見書の草稿

武州六郷船渡図 明治元(1868)年の出来事六郷の渡しを渡る明治天皇の行列

歴史的和平交渉・江戸無血開城 江戸無血開城とおおた

池上本門寺松濤園/西郷・勝両雄会見之処 慶応4(1868)年3月、官軍による徳川幕府への総攻撃の流れは動かせないものになり、幕藩体制の「息の根」を止めるため江戸を焼き払う目前のところにあった。ここで幕府軍事取扱・勝海舟が立ち回ることとなる。内戦による外国の介入を防ぎ、徳川家や江戸を守る使命を帯びた海舟と官軍・東征大総督府下参謀(とうせいだいそうとくふしもさんぼう)・西郷隆盛の交渉が行われた。結果、西郷は「旧幕府への寛大な処置を条件に江戸城を無抵抗で明け渡す」という海舟の要求をのむ。これにより江戸無血開城が成し遂げられ、江戸の町と多くの命が救われた。
 この交渉は薩摩藩邸で行われました。その後、官軍が本陣を置いた池上本門寺で海舟と官軍代表との最後の談判が行われています。当時、東海道には官軍の兵が多く駐在していたため、海舟は中原街道から本門寺へ向かいます。このとき、洗足池周辺で休憩をとり、洗足池の景色を大変気に入ったそうです。

日本初! (仮称)勝海舟記念館 平成31(2019)年夏、開館予定

池上本門寺松濤園/西郷・勝両雄会見之処 洗足池のほとりにある旧清明文庫を改修し、日本初となる勝海舟の記念館を開館します。海舟の想いと地域の歴史を伝える記念館です。

下記参照

洗足池と勝海舟

 海舟は、江戸城明け渡しに関する官軍との交渉で池上本門寺に向かう途中、洗足池周辺で休憩しました。このとき洗足池の景色を大変気に入ったそうです。その後、「洗足軒」という別荘を現在の大森第六中学校の地に構え、旧幕臣らと交流したといわれています。

当時の洗足軒(「荏原名勝/附地図」より) 茅葺き・平屋建ての別荘。敷地には椿や楓などが植えられていた。/歌川広重「名所江戸百景 千束の池袈裟懸松」安政3(1856)年

平成31(2019)年夏開館予定 (仮称)勝海舟記念館

 海舟の没後、海舟に関する図書などを収蔵する「清明文庫」が洗足軒脇に建てられました。区では、旧清明文庫を保存・活用し、(仮称)勝海舟記念館を来年開館します。海舟の人物像に触れる展示や、海舟や地域にまつわる資料のほか、咸臨丸(かいりんまる)のCG映像なども公開予定です。

左奥:旧清明文庫 右手前:増築棟

建物の特徴◆建物の特徴
 「旧清明文庫」の正面中央部はネオゴシック様式を基調とし、建物の細部にアール・デコ調の文様なども施され、国登録有形文化財に登録されています。

◎平成31(2019)年夏の開館を目指し準備中!

(仮称)勝海舟記念館を応援しませんか 勝海舟基金を創設

QRコード 記念館開館に向け、勝海舟基金を創設しました。8月1日から文化振興課の窓口で寄付を受け付けます。いただいた寄付は展示資料の購入や資料の修復など記念館づくりに活用させていただきます。詳細は区HPをご覧ください。

http://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/hakubutsukan/katsu_kinenkan/index.html

勝海舟関連イベント

「江戸」を救い、「東京」を創った出会い どんと来い!幕末・明治プロジェクト 8月25日(土)〜11月30日(金) 勝海舟・西郷隆盛ゆかりの地をめぐるスタンプラリーや、洗足池・池上で味わう期間限定「勝丼」「せご丼」など、区と両雄のつながりを発見できるさまざまなイベントを行います。
 詳細は、区の観光HP(https://ota-tokyo.com/ja/)をご覧ください。スタンプラリーの冊子は、特別出張所、図書館などで8月25日から配布します。

問合先=観光課観光振興担当 TEL03−5744−1322

郷土博物館の展示「大田区の勝海舟」など

記念館開館まで、区と海舟に関する展示を行っています。
会場・問合先=郷土博物館 TEL03−3777−1070 FAX03−3777−1283

問合先

 文化振興課勝海舟記念館開設準備担当 TEL03−5744−1653 FAX03−5744−1539

(仮称)勝海舟記念館準備事業に関する情報、イベント情報は今後も区報、区HPなどで随時発信いたします。


以下 奥付けです。
大田区役所 アクセス・地図・開庁時間〒144-8621 東京都大田区蒲田五丁目13番14号 電話:03-5744-1111(代表)