東京1964大会の聖火ランナーを父にもつ高村さんにお話いただきました!

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更新日:2021年1月11日

 大岡山在住の高村直(ただし)さんのお父様、俊明(としあき)さんは、1964年に東京で開催されたオリンピックの聖火ランナーでした。当時17歳の高校生だった俊明さんは、岩手県内の駅前を駆け抜けました。
 俊明さんは、昨年(2020年)に急逝しましたが、息子の直さんは、親孝行になればということで、今回お話を伺うことができました。

お父様の当時の思いを直さんに聞きました

■ お父様が1964年大会の聖火ランナーに選出された経緯について教えてください
 父の出身の岩手県では、勉学、運動、生活態度などの項目がバランスよく優れていることが選考基準だったようです。父は、学業の成績が県内で10位以内で、サッカーで国体とインターハイに出場経験があったため選ばれたとのことです。生活態度が品行方正だったとは思えませんが...(笑)
 ちなみに当時は、都道府県ごとに聖火リレーランナーの選考基準は異なっていたらしく、全国で10万人程度選出され約200mを走行する人とは別に、父のように厳しい基準をクリアして選出された方がいたようです。

お父様が聖火ランナーに決まった時の気持ちについて教えてください
 当時の国内のオリンピック熱は高かったようで、「俺、選ばれちゃった」と嬉しさがある反面、今のように情報があふれている時代ではなく田舎だったため、周りの生徒や先生などの噂話などによって、日に日に責任重大だと思うようになったようです。
 当時の聖火リレートーチは、たいまつの延長のような簡素なもので、「火を消したら大変なことになる」と不安になったそうです。

■ お父様が聖火ランナーとして当日走った時の気持ちについて教えてください
 冷静なつもりでも軽く緊張していて、日の丸の手旗を持った人たちが鈴なりになっている駅前を1.5キロぐらい走ったようですが、あっという間だったとのことです。たくさん揺れる日の丸の中、とても清々しかったと生前言っておりました。当時は選考基準が厳しいこともあり、走行ペースも相当早かったそうです。

■ その他、印象に残っているお話があればお願いします
 最近の話になりますが、病院での検査の際に「自分への手紙を書きましょう」という内容があり、聖火リレーの話をスラスラ書いていたのが印象的でした。帰宅後その手紙の話をしたところ、「何を書くか迷って、気がついたらオリンピックのことを書いていた」と言っていたので、心の中で人一倍オリンピックの開催を楽しみにしていたのだと思います。

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